ひろたか先生が奈良県幼稚園(せいか幼稚園)を継ぐため日々悪戦苦闘しながら勉強中。
奈良県香芝市幼稚園、せいか幼稚園のひろたか先生ブログ。
タイの保険会社のCMで1分半の動画ですが、魂に響きました。
これ以外にもたくさんありました。
見た後での私の解説は、このCMで伝えたいことを台無しにしてしまいそうなのでやめます。
今はとにかく、「全てにありがとう。」
私は、せいか幼稚園の理念でもある「将来、伸びていく子、幸せになる子を育てる」ために成人するまでに何を身に付けて欲しいかをいつも考えています。
「音楽ができる子」なのか「勉強ができる子」なのか「英語ができる子」なのか「体力がある子」なのか・・・・
考えれば考えるほど、どれも正しそうだし、一つぐらいできなくたって大丈夫そうだけど、全部できる子が幸せかな?ホントかな?
なんて考えています。
そんなことを考えていくと、上に書いたことはすべて実は一つの過程にすぎなく、もっとも~っと大切なことを伝えることが、将来伸びていく子どもを育てることなんだと、今は考えるようになりました。
それは「理由のない自信」をもつ子どもに育てることです。
私たちはついつい「理由のある自信」をもつ子どもになるように育ててしまいがちです。
ピアノが上手な子ども、速く走れる子ども、勉強ができる子どもというのは、常に「誰かと比べて今の自分」で評価していますので、一番になって自信がついたとはいえ、それは「理由のある自信」でしかないんです。
もちろんその自信は上には上がいるという世の常により必ず打ち砕かれてしまって、保護者を含めた周囲から叱責されるわけです。
そんな経験を子どもたちは常にしているのが現代の子どもたちです。
その結果子ども達はどう変化していくかというと、本能的に自分を守ろうとしますので、その競争から身を引いて行くようになります。
もっともよい方法は「新しいことにチャレンジしない」ことが最善の方法なんですね。
最近の若者は「今まで苦労してないから少しの失敗でも挫折して、立ち直れなくなる」とか「打たれ弱い」というのを耳にします。
しかしこんな事を考えていると、そんな若者ほど「苦労」しているように思えてなりません。
競争するのが悪いとは言いませんが、その前提条件で「自分に無条件に自信のある子ども」に育てること事をないがしろにしては意味がないと思うんです。
私たちが幼児期に身に付けてほしい、大人になるまでに知っていてほしいことは「理由のない自信」をもてる事ですよ、絶対。
理由のない自信をたくさん持っている子ども、言い換えれば「自分って結構イケてる!」っていろんな場面で思える子どもこそ、将来、幸せになる子、伸びていく子どもなんだと思います。
そういえば、別のアプローチで以前のブログに書きましたが、「自己肯定感」「自尊心」ともいえますね。
そのためにせいか幼稚園の「ほめ育て」をしているわけです。
「ほめ育て」は奥が深い・・・。
乳幼児の子育てに父親の役割は薄いという意味の事を書いてきましたが、父親にも"子育て"では重要な役割を持っています。
私が思うに、父親の役割とはつまり、おむつを何回替えるとか、ミルクを1日何回あげるとかそういう視点では無く、もっと大きな視点で関わってあげると良いのかなと考えています。
いや、お父さんでもお母さんのお手伝いぐらいはしてあげて欲しいですが(自分もします・・・)、それだけで子どもの育児に参加している、していないと言われるのはちょっと違うかなぁ・・・。
今のメディアで「イクメン」と言われて久しいですが、テレビで言われているような「育児に参加する父親像」には少し違和感があります。
"父親"の存在価値ってなんでしょう?
実は興味深い実験結果があります。
アメリカとカナダでで「健康な家族」「不健康な家族」の違いについて調べたものです。健康、不健康というのは「他人の目から見ても良いな~、順調に子どもが育っているなぁ~と思える家族と、そうでない家族」というぐらいのざっくりした理解で良いと思います。
そこで健康的な家族と言われた群の特徴は何かというと、自由な発言はそれぞれにあっても、最終的な決定権、主導権は父親にあって、父親がどちらでも良いと言うことに関して母親が決定していく家族だったそうです。
では不健康な家族というのはというと、家族全員が平等でその時々で主導権が父親だったり母親に移ったり、子どもだったりしている家族だそうです。
なんだか育てられる側の子どもの頃のは後者のような全員が平等の「友達家族」って素敵だなぁと思っていましたが、"子育てをする"という視点では前者の方が良さそうですね。
後者で良くないとされているのは、みんなが平等な決定権があるとその時々で主導権争いをしたり、自分の意見を通そうとしてあっちに味方したり、こっちに味方したりと常に不安状態です。その時々で自分の立ち位置がかわり、役割がかわってしまう。それが良くない。最悪なのは母親が子どもと結託して父親と対立する構図で、それを多く持つと社会不適応な子どもに育つ割合が高いと書いてありました。
その点、健康な家族と言われる群は、共通理解として意見が違う場合はにこういう順序で決定していると暗黙の了解を得ている家族だそうです。
つまりは家庭、子育てには誰かがリーダーシップを持つ必要があり、両親がどの役割をどのように立ち回るかということがとても大切なのです。
これを読んで「亭主関白」というのはネガティブなイメージがありましたが、子育てという観点ではそうでは無いようですね。
ただ、あまり強烈な亭主関白も問題ですが・・・。
そこでこれをお読みのお父さん方!誤解を恐れずに言うと、ここは昭和の亭主関白ではなく、平成の亭主関白を目指そうではありませんか!!
(もちろん母親が主導権をもつ家族があっても良いと思いますが、その場合でも両親の合意が必要です。)
と言うことで、父親というのはですね、いざっ!!と言うときにど~んと構えらえられるぐらいでちょうど良いんです!